第3話:モノクロの口紅
- 2025年8月30日
- 読了時間: 2分
屋敷の廊下を歩いていたら、はるの大きな笑い声が響いてきた。
「なあなあ〜それで? ほな、次はな——」
リビングの扉が開いて、視線が一斉にこちらを向いた。
なつが座椅子にあぐらをかいて、ぼくを親指で示す。
「はい、新入り。こっちが……えーと、こっちは説明めんどい。あき」
「説明省略!? ちょ、せめて“カリスマ担当”とかつけといてよ!」
ふわっとした銀紫の髪、ネコ耳のように跳ねたセット。
あざとく笑うその子が、「しっぽちゃん? しっぽくん? しっぽちゃま?」と首をかしげる。
「……どれでもいいけど」
「じゃあ、しっぽたん♡」
あざとすぎる呼び方に、思わずむぅと口をとがらせたら、
はるが笑いをかみ殺しながら「しっぽ、その顔〜! めっちゃあきと波長合いそう!」と肩をたたいた。
——でも、その予想は、たぶん外れだった。
*
「あれー? このリップ、似合うと思ったんだけどな〜?」

数分後、あきの部屋。鏡台の前、ぼくの首元にはあきの手。
抵抗しきれずにじっとしてると、あきの指先が、口紅をすっと近づける。
「やだってゆってるのに」
「だって、かわいくしてあげてるだけだもん。ふゆにも塗ってあげたし」
「……かわいいって、なに」
「……っ」
その一言に、あきの手が止まった。
「みんながしっぽに構うから、なんか……ムカついたっていうか」
「……」
「だって、はるまで『しっぽかわいい』とか言うし、ふゆなんて、朝からソファでくっついて……意味わかんない」
「……だから、いじわる?」
あきはふっと目をそらして、笑った。
「ううん、しっぽが悪いわけじゃない。そう見えるなら、もうその通りってことで」
口紅をカチッと閉める音がして、それきりあきは黙った。
その沈黙の中で、扉がノックもなしに開いた。
「ただいま〜! ボク、宇宙のプリン買ってきたっ!」
ふゆだ。両手いっぱいにスーパーの袋を抱えて、いつものようにテンションだけが先に入ってきた。
「お、あき。なにその顔〜。リップの試しすぎでしょ〜?」
「ちがうし! これはちょっと……メイク事故ってだけ!」
あきは急に声を張って、ふゆの前では元通りの笑顔に戻っていた。
でも、ぼくの手のひらには、あきが落としていった小さな赤い跡だけが残ってた。
それは、まだ塗られなかった口紅の色。
——たぶん、あきのなかにしかない、モノクロの嫉妬。
そしてその夜、あきは一言もぼくに話しかけてこなかった。




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