第一章ヘンゼルとグレーテル
- 2025年8月30日
- 読了時間: 3分
とある夏の日、
ぼくは一人、山道を歩いていた。
―蝉の声と緑と太陽しかないような道。
あつい。
ぼくの脳みそはとっくに焼ききれてた。
「…グレーテルもとける…。」
あたまの上では、ぼくのともだちの、しろいきつねのぬいぐるみが、ぼくがふらふら歩くのに合わせて、ぴょんぴょこ跳ね回っている。
とうとう限界が来たのか、白昼夢が見え始めた。
―ひとだ。
鹿撃ち帽を被った赤い長髪をくくっているロングコートの男がうずくまって何か探している。
ぼくは誘われるように、その男へ足を向けた。
男は、虫眼鏡をぼくに構えて、ぎらりと目を細めた。
赤髪が太陽に透けて、誘うようになびく。
「…ふうむ。クッキーの欠片、それにいざなわれしグレーテル一匹。」
男は立ち上がる。すらっとしていて何より背が高い。
ぼくの足もとを一瞥して。
「裸足で山道を歩くのは感心しないなあ」
ぱちん、男が指を鳴らすと奇術みたいにチョコチップクッキーが一枚、男の手に現れる。
そして、その男はあろうことかチョコチップクッキーを空腹で倒れそうなぼくの目の前で、食べた。
「……」
ぼくは夢であろうとなかろうと、こいつにはついていかないと固く誓った。
「……んで?グレーテル、俺に何を望む?この色男で名探偵の俺に、人々は多くを望むが……」
小首を傾げて。
「もしかしたら、お菓子の家に連れていってやるかもしれねぇぜ?」
おかしそうに笑った。
「まあその場合は、俺の役どころは、悪い魔女なんだが……」
ぱちん、もう一枚クッキーが出てきて、それをぼくの目の前でひらひらと振った。
「ほぅら、ほしいか?グレーテル……。」
ぼくの手が伸びる。
「……クッキーくれ。」
「おいおい、第一声がそれって。この俺に命令?……はぁ。」
ため息をつきながらも、にやにやと笑っている。
「はいよ。」
クッキーがぼくの手に乗った。
「おまえ、マジでなんなの?」
ぼくは「もっもっもっもっ」とクッキーをほうばった。
「名前は?肩書は?その頭の上に乗ってる白い毛玉は?」
ぼくは、一枚を食べ終わると、もう一枚というように手を差し出す。
「おまっ……、餌付け完了ってか?はぁ…。もう一枚は、ねぇって!すっからかんですぅ!屋敷なら、クッキーも、プリンも、チョコレートだって、いくらでもあるけどなあ……?」
にんまりと男が笑った。
ぼくの決意は覆った。
「……つれてけ。」
男が目を見張る。
「はぁ!?……あぁもう、くそっ。探偵の拾い物なんて、碌なものじゃねぇって相場は決まってるのに……」
ぼくの全身を舐めまわすように見つめてから、
「……謎多き物体に惹かれるのも、また探偵の''さが’’だよなあ。」
でこに貼りついた汗もそのままに、ぼくを指さす。
「ついてこい。ただし、絶対おぶらねぇからな!俺の屋敷に来たきゃ、自分の足で歩け。以上!」
さっと、肩掛けのロングコートを翻し、男は歩き出す。だが、すぐ立ち止まって、振り向いた。
「―こねぇの?」
男の赤い長髪が、夏の風に揺れる。
「……おれは《なつ》。お前が拾った、世界で一番胡散くさい男だよ。」




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